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東京地方裁判所 平成4年(ワ)23051号 判決 1994年10月31日

主文

一  被告株式会社トーシンオートは、原告に対し、金六二七万一二八六円及びこれに対する平成四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告小川信蔵は、原告に対し、金一二五万円及びこれに対する平成四年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告株式会社トーシンオートに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告株式会社トーシンオートの負担とし、その余を被告小川信蔵の負担とする。

五  この判決の一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告株式会社トーシンオートは、原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  主文二項と同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告株式会社トーシンオート(以下、「被告会社」という。)は、自動車の販売等を目的とする株式会社であり、被告小川信蔵(以下、「被告小川」という。)は、その代表取締役である。

2  原告は、昭和五四年一二月一日、被告会社に、専務取締役として入社し、平成四年四月三〇日付けで、被告会社を退職した。

3  被告会社は、昭和五五年五月一日、資本金を三〇〇万円から一〇〇〇万円に増資し、右増資分七〇〇万円のうちの二五〇万円を原告が引き受けた。

その結果、被告会社の持株比率は、被告小川及びその妻繁子名義が五〇パーセント、原告二五パーセント、被告小川の兄である小川喜久治及び小川旭が各12.5パーセントとなった。

4  被告会社は、昭和五五年八月一日、三井生命保険相互会社との間で、被保険者を原告、受取人を被告会社、死亡保険金額を一二〇〇万円とする生命保険契約(以下、「本件生命保険契約」という。)を締結したが、平成四年五月一二日、右保険契約を解約して、三井生命から、解約返戻金及び社員配当金の合計六五七万一四七〇円の支払を受けた(乙二の1)。

5  原告と被告小川らの株主は、原告の退職に際して、原告の持株を出資金二五〇万円相当額と評価し、被告小川らの株主が、それぞれの持株比率に応じて買い取る旨を合意したが、被告小川は、五〇パーセント相当額の一二五万円を支払わない。

二  原告の主張

1  原告は、被告会社入社後、被告小川との間で、被告会社が、原告を被保険者とする生命保険契約を締結して、その保険金ないし解約返戻金等を、原告が被告会社を退職する際の退職金に当てる旨の合意をし、これに基づき、被告会社は、本件生命保険契約を締結した。

2  原告と被告小川は、平成四年五月一日にも、改めて、本件生命保険契約の解約返戻金等を退職金として支払う旨の合意をした。

3  原告に対する退職金の支給について、株主総会の決議がなされていないが(争いがない。)、被告会社は、被告小川らの同族会社であって、これまで、株主総会や取締役会が開催されたことはなく、会社経営に関する意思決定は、全て、被告小川の一存で行われていた。

また、被告小川以外の株主は、名義上の株主であり、被告会社は、実質的には、被告小川のいわゆる一人会社である。

4  なお、原告は、被告会社に対して、被告会社のために集金した別紙記載の売掛金1のうちの二万円、2ないし6、7のうちの五万一四一〇円の合計三〇万〇一八四円の返還債務があるので(原告本人)、原告は、被告会社に対し、平成五年四月二三日の本件口頭弁論期日において、本訴退職金支払請求債権をもって、右返還債務とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著である。)。

三  被告会社の主張

1  被告小川ないし被告会社が、原告との間で、原告の主張するような退職金支払についての合意をしたことはない。

原告が被告会社を退職するに際しては、退職金の支給に代えて、被告会社の取引先をほぼ二分割することとし、原告とも協議のうえ、原告に由来する取引先を中心に、原告の独立後の取引先を決定しており、退職時の清算は終了している。

2  取締役であった原告に対する退職金の支給については、定款の定め、または、株主総会の決議を要するところ、被告会社においては、定款に退職金についての規定はなく、株主総会の決議もなされていない(株主総会の決議がないことは、当事者間に争いがない。)。

被告会社の被告小川以外の株主も、単なる名義上の株主ではなく、現実に出資をしており、被告会社は、一人会社ではない。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実等と証拠(甲一一、原告本人、被告会社代表者兼被告本人、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告会社は、昭和四二年五月に、被告小川により、自動車の販売等を目的として設立された株式会社であり、代表取締役には、設立当初から、被告小川が就任し、その妻の繁子と被告小川の兄の小川喜久治が取締役、同じく被告小川の兄の小川旭が監査役となった。

被告会社の設立当初の資本金は一〇〇万円であり、その後、昭和四九年に、資本金を三〇〇万円に増資したが、株主としては、被告小川のほかには、被告小川の親族である繁子、喜久治及び旭のみであった。

2  被告会社の実体は、被告小川を中心とする同族会社であるとともに、被告小川のいわゆるワンマン会社であって、被告会社においては、これまで、株主総会や取締役会が開催されたことはなかった。

3  原告は、昭和四三年ころ、東京トヨタの営業所長をしていた関係で、被告小川と知り合い、かねて、独立したいと考えていたことから、被告小川と共同して仕事をすることになり、昭和五四年一二月一日、被告会社に入社し、繁子に代わって、被告会社の取締役(肩書は、専務取締役)となったが、その際にも、株主総会は開催されず、原告の取締役としての報酬についても、原告と被告小川との間だけで決められた。

4  被告会社は、昭和五五年五月一日、資本金を更に一〇〇〇万円に増資し、増資分七〇〇万円のうち、二五〇万円を原告が引き受けたことにより、その持株比率は、被告小川及び繁子名義が五〇パーセント、原告二五パーセント、喜久治及び旭が各12.5パーセントとなったが、原告の退社に際して、原告の持株が、他の株主の持株比率に応じて譲渡された結果、新たな持株比率は、被告小川及び繁子名義が約66.6パーセントを占め、喜久治及び旭が各約16.6パーセントとなった。

5  被告小川は、かねて、自らを被保険者、被告会社を受取人とする生命保険契約を締結していたことから、昭和五五年八月ころ、原告にも万一のことが起こったときのことを考え、被告会社としても、保険金を遺族への死亡退職金に当てることができるように、原告に対して、保険に入ることを勧め、本件生命保険契約を締結した。

原告と被告小川は、その際、六五歳位まで勤め上げ、保険が満期になったら、保険金を退職金代わりにしようと話し合い、また、冗談で、「辞めるときに使いたくないですね。」という会話も交わしたが、それ以上に、中途退職の場合に、生命保険契約を解約して、解約返戻金を退職金に当てる旨の明確な合意まではなされなかった。

6  その後、被告会社の経営が赤字となり、その資金調達を巡って、平成三年一〇月ころから、原告と被告小川との間に軋轢が生じ、原告からの申入もあって、原告は、平成四年四月三〇日付けで、被告会社を退職した。

7  原告は、平成四年五月一日、被告会社の事務所において、被告小川との間で、原告の退社に伴う取引先の分割や原告の持株の買取の件とともに、退職金の支払についても話し合ったが、被告小川は、その場で、税理士をしている旭に電話を架け、本件生命保険契約の解約返戻金を退職金として原告に支払った場合に、税務上も問題が生じないことを確認したうえ、原告に対し、五月の連休明けに、本件生命保険契約の解約手続をして、入金次第、解約返戻金等を退職金として支払う旨を約した(なお、被告小川は、この点に関して、被告会社としては、財政事情が許す範囲で多少なりとも退職金を払いたいので、税務上問題はないかどうかの問い合わせをしただけであって、原告に対して、別に問題はないそうだとは答えたものの、支払うとは言っていないと供述しているが、当日は休日であったにもかかわらず、その場から、わざわざ、電話をしたのに、それ以上の実質的な話し合いがなかったというのは、不自然であって、信用できない。)。

8  なお、原告に対する右退職金の支給については、被告会社の定款に規定はなく、株主総会の決議もなされていない。

二  右認定事実によれば、原告と被告小川が、平成四年五月一日、本件生命保険契約を解約して、その解約返戻金等を退職金として原告に支払う旨の合意をしたことは明らかであるところ、取締役に対する退職金の支給についても、商法二六九条の適用があると解すべきであるが、被告会社は、代表取締役である被告小川を中心とする同族会社であるとともに、被告小川のいわゆるワンマン会社であり、被告会社においては、これまで、株主総会や取締役会が開催されたことはなく、被告会社の運営は全て被告小川に委ねられていたというべきであるから、被告会社は、原告に対する退職金の支給について、株主総会決議がないことをもって、その支払を拒絶することは、信義則上、許されないものといわなければならない。

三  原告の相殺の主張については、前記第二の二の4記載のとおりであるから、原告の被告会社に対する請求は、主文一項の限度において理由がある。

(裁判官 村田鋭治)

別紙

売掛金

1、古川雅俊 八六、六〇〇円

2、ACS(東京海上)

五二、一九四円

3、ブティックエンゼル

四、四〇〇円

4、荒井明 九五、七九〇円

5、田中秀彦 六九、六九〇円

6、福本健三 六、七〇〇円

7、真橋昭二 一五一、四一〇円

立替金

1、千葉悦子 二五一、七〇〇円

以上合計 金七一八、八八四円

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